「ありがとうございましたー」
明らかに作った声と解る女性店員の挨拶を背にして、店から出る。
自動ドアが開くと同時に、むあっとした風が吹き付けてきた。
…ここ、冬木の夏は比較的涼しかったが…やはり日本だ、もう八月も終わろうというのにまだ蒸し暑い。
(この格好では少しキツいな…)
持っていた袋を地面に置き、ネクタイをほどいてワイシャツのボタンを二つ外す。
さて…食事をするにあたって座れる…ベンチのような物が欲しい。
それに、同時に暑さもしのぎたい。
…少し歩くが、海浜公園にでも行ってみるか。
あそこならベンチはあるし、水辺に近いので丁度良いだろう。
公園に着き、川に面したベンチに座る。
周りには同じようにベンチに座って食事をするサラリーマン、スケートボードをする若者の集団、移動式の売店でソフトクリームを買い食いしているカップルなど、多くの人が平穏な午後のひと時を思い思いに過ごしていた。
一章:番外/restart
「さてと…」
買ってきたハンバーガーと缶ジュースをベンチの上に出し、もらって来た紙ナプキンの上で片手で包装を半分だけめくる。
…やはり食事をするにあたって片腕ではかなり不便だ。
もともと効率を最優先した食事しかしていなかったが…最近はどうしても片手で食べられる物だけになってしまい、若干栄養が偏ってしまっている。
……買って来たハンバーガーを全て食べ終わり、片手だけで缶ジュースのプルタブを開けて飲む。
…その時、こちらに向かって来る人影に気づいた。
「またそのような物を…体を壊してしまいますよ、バゼット。教会に来れば、私が何か作ると言っているのに…」
淡い灰色のウエーブがかかった長髪に、カソック姿の少女、カレンが少しむくれた顔で声をかけてきた。
…しかし、その誘いは丁重にお断りさせて頂こう。
彼女の作った食事は一度だけ食べた事があるが、その時は三日間ほど舌が麻痺してしまった。
「いいえ、助けられた上に間借りまでしてしまっているのです、食事まで出してもらうわけにはいきません」
………私は協会の代表として、第五次聖杯戦争に参加するために冬木を訪れた。
そして、ランサーを召喚し準備を進めていた矢先、旧知の仲だった言峰綺礼に左腕ごと令呪を奪われ、同時に致命傷を負った。
……しかし、アヴェンジャーと契約した事で仮死状態となり、“私の聖杯戦争”が終わり、目覚めた時には現実の聖杯戦争は終結した後だった。
目覚めた私はここにいるカレンに助けられ、現在は冬木教会に在留している。
カレンは、私と同じもう一つの聖杯戦争を知っている唯一の者だ。
…もっとも、存在を滑りこませただけだったので、ここにいるカレンは“ただ目の前の出来事に手を差し伸べた程度”…と、しか思っていないようであるが。
「私は神に仕える者として当然の事をしているだけです。貴女が気に病むことはありませんよ、バゼット。それに、こちらも仕事を手伝って頂いているのですから」
胸の前で手を組み聖母の笑みを浮かべるカレン。
…この少女は神に従えること、とりわけ神のためにその身を捧げることを喜びとしているようだ。
話を聞くと、彼女は天性の“被虐霊媒体質”であり、主な任務は悪魔憑きの発見、浄化の補佐らしい。
彼女はこちらに来てからも見回りはしているようで、私も回復してからは夜の巡回に付き合っている。
…だが、あの戦闘服はどうにかならないものか。
視線誘導の利点はあるとしても…破廉恥である。
実際声をかけて来る男も多いらしく、驚いた事に、彼女はその性欲を受け止めているのだという。
教会の連中の考えが偏っているのは承知していたが、この少女ほど異常な者には会った事が無かった。
…しかし、彼女曰く『貴女と巡回するようになってから、声をかけて来る者がいなくなった』らしい。
若干女として見下されている気がしたが、卑しい目で見てくる男が私と目が合うと走って逃げだすのは確かである。
…失礼な、これでも容姿にはそこそこ自信がある。
まぁ、大方この格好に不信感を覚えたのだろう。
一つの隙も無く男物のスーツを着た姿は、威圧感があるからな。
「ところで、バゼット。貴女はこれからどうするつもりなのですか?」
「…まずは義手を手に入れねばならないでしょう。片腕で日常生活を送ることにも幾分慣れましたが…さすがに戦闘には支障がある。幸い、日本には凄腕の人形師がいる。良くも悪くもその女とは知り合いなので、なんとかして連絡を取り、義手を作ってもらう」
…私の顔を見たとたん戦闘になるかもしれないが、まぁ…大丈夫だろう。
片腕でも話をつける時間くらいは稼げる。
「そうですか…。しかし、その後は?失礼ですが、既に協会に貴女の席は無いのでは?」
確かに、協会の代表として聖杯戦争に臨んだのだ、負けて帰ることは許されない。
…けれど、元々フラガは協会からしてみたら厄介者だ。
“伝承保菌者”であり、戦闘に特化しているため執行者をしている私は、根源を目指す魔術師からしてみたら脅威でしかないから。
「その後は…欧州に戻ってフリー・ランスの傭兵にでもなります。私には戦う事しかできませんし、聖杯戦争に敗れたとしても執行者で歴代最強と謳われていたのです、仕事の当てには不自由はありません」
「ふふ、変わらないのですね貴女は。…実は、私は明日には本国に帰還しなくてはならないのです。貴女の事は、代わりにやって来る司祭にお願いするつもりでしたが…」
「いいえ、それには及ばない。既に傷も癒えていることだし、そろそろ私もここを離れます」
「そうですか。…短い間でしたが、とても楽しかった。バゼット・フラガ・マクレミッツ、貴女の前途に主のお恵みがあらんことを…」
「こちらこそ、助けて頂いたご恩は忘れません、いつか必ずお返ししましょう。また逢う日までお元気で、シスター・カレン・オルテンシア」
挨拶をして手を取り合う。
…さぁ、もう一度始めよう。
抱えていた不安や後悔は、あの四日間の中に置いて来た。
彼にもらったこの未来を、また…
私らしく生きていこう。
季節は初秋。
太陽は空高く昇り、木の根元にできた影の中で、一輪の白い花が海風に揺られていた。
To be continued...